新日本でのクーデター未遂事件

1983.8。アントン・ハイセルの問題が蓄積し、アントニオ猪木と新間本部長の失脚を狙ったクーデターが起こる。
猪木は社長を降格、坂口征二は副社長を降格、新間氏は三ヶ月の謹慎処分となる。
しかし、このクーデターは成功しない。新日本の放送局であるテレビ朝日が、猪木が辞めたら放送を打ち切ると宣言したため、猪木、坂口はもとの役職に復帰する。
このクーデターの首謀者は、未だ不明。

このクーデター未遂事件をきっかけに、新日本を退社した者たちが新日本プロレス興行やユニバーサル・プロレスを発足させることとなる。

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